伝統は創造なり
今、伝統的な日本の食生活へ回帰しようとする動きがあちこちで起こっている。一つには高齢化の中での健康ブームから、もう一つは子供の情操教育という社会活動からのアプローチである。
辰巳芳子さんという料理研究家がいる。NHKのお料理番組でお馴染みだが、今、料理の作り方はさることながら、その料理哲学で各方面のマスコミで脚光を浴びている。父親の介護の経験からスープのレシピを多数考案し、料理教室「スープの会」を毎月一回鎌倉の自宅で開いているが、これは高齢化という現代社会にマッチしている。他方、手のひら1杯の大豆を子供たちに与えて、土に蒔いて育て、収穫して加工し感謝して食する「大豆100粒運動」を行っている。これは食育の活動として捉えられる。
彼女の料理に対する真摯な姿勢は見た人に感銘を与える。例えば、対象に向かうとき我を捨て自分を引っ込めることによって物事を成すことができる、と彼女は言う。武道の達人のような言葉だと思った人は多いだろう。おそらく、芸術でも学問でも、およそ人間が何かを作り出すときには同じような自己と対象の真空状態を感じるのだと思う。ぴったり重なったとき、創造が起こるのだ。永く社会経験を積んだ81歳の女性が行う活動が現代社会を牽引するというのは意外なようで当然のことなのだ。素材を見極め、伝統を大切に、未来を見据える素敵な白髪の料理人から当分目が離せない。 (西岡珠実執筆) |