東京の戯夢人生
(東京)咫尺
建物二階分の高さの巨大な手書きの映画看板が一列に並んでいるのを眺めるのも実に楽しい。映画史に名の残る名画と新作が交代で上映され、ビリヤード場やナイトクラブや歌劇場が入り混じる中で、切符の値段もいろいろで選択肢が広い。初めて歌舞伎町に来て冒険を楽しんでいる人々にとって、誘惑と魅力に溢れた場所である。
勉強して、仕事をして……、どの留学生も歩んできた平凡な道である。サラリーマンの一員になって、放浪する者の不安に揺れる心はなくなったものの、残業の疲れと日本の習慣になかなか馴染めない焦りは深い。
しばし都会の喧騒を逃れて、緑が木陰を作る日比谷公園あたりに行き、静寂の楽園を探そう。雲南のトンパ文字を日本に紹介した有名なデザイナー、浅葉克己氏がそんなことを言っていた。
ピアノのような形の乳白色の建築物と、小さな噴水広場。「ピアノ」の流線型の部分に沿って流れ、ゆっくり下に落ちていく人工の滝、そして音楽に合わせて踊る水時計が、この聖地にロマンチックな雰囲気を与えている。視線を地面に向ければ、そこには高倉健、吉永小百合、松田聖子など、よく知っているスターたちの名前が見られる。地面一面に有名スターの手形とサインがはめ込まれているのだ。 後ろを振り返れば、大きなスクリーンのような結婚衣裳のショーウインドウのそばで、映画上映開始のベルが鳴っている。 さあ、早くこの聖域中の聖域に入らなければ。
日本全国で一斉に公開開始となるロードショーの映画館と異なり、この映画館でしか見られない映画は少なくない。流行のミニシアターのさきがけとして、シャンテ・シネ(シャンテは、フランス語で「歌う」という意味)が日比谷に誕生したのはちょうど 15 年前のことである。それ以来この映画館では、「ベルリン天使の詩」「悲情城市」「ショコラ」などの名作が次々に上映され、それによってこのささやかな映画館は常にミニシアターのトップの地位を得ている。銀座からも近く、一流のブランドショップが林立する仲通りに位置する「日比谷」のアートシアターは、常に若いビジネスマンたちの注目の的になっている。
人生にもなぞらえられる映画に人々が憧れる理由には、実際は多くの複雑な主観的あるいは客観的な要素が含まれる。例えば通りや映画館、あるいは館内の雰囲気、さらには鑑賞するときの本人の生活状況など、すべてがそこに関わってくる。それは、現在日本で人気のある「ミニホームシアターシステム」で鑑賞する映画とはまったく異なるものだ。後者が非常に人工的であるのに対し、前者こそが自然の脈動に沿うことができる鑑賞方法なのである。
世の中のことを何も知らなかった若者が、あっという間に不惑の年になってしまった。人生で最も華やかな青春時代をこの小さな島国で送ってきたことになる。今思うのは、この 15 年間もし東京の映画館という異国での最初の拠り所がなかったなら、もし東京の映画館というしばしば意識にすべり込んでくる夢の世界がなかったなら、毎日の生活はどんなに単調で色彩を欠いたものになっていただろうということである。そういう意味からすると、あの永遠に微笑み続ける淀川長治氏は、もう一つの「格言」を発明するべきだったのではないか。
「映画館こそ、人生の舞台である」と。(終わり)
《逸飛視覚:東京》 より(本編集部で一部削除した。) |