箱根の11月と言えば、みなさんの脳裏に浮かぶのは熱い温泉と山いっぱいの紅葉だろう。確かに、紅葉に囲まれて曲がりくねった箱根の山道を歩いていくと、渓谷を流れる水の音が聞こえてきて、秋の日を過ごすには理想的な場所である。だが、箱根の魅力は実はこれだけではないのだ。
新宿駅から小田急線のロマンスカーに乗って、約1時間で箱根湯本駅に到着する。紅葉を見たければ、箱根登山鉄道に乗らなければならない。真っ赤な電車が地勢の険しい山林の間を通り抜け、山の紅葉と緑の樹木のコントラストが絵のように美しい。強羅駅で下車して箱根登山バスに乗り換え、さらに山林の奥深くへと向かう。曲がりくねった山道を長年にわたって運転してきた運転手の技術はたいへん優れており、木々の間を通り抜けるバスはまるで翼をつけた鳥のように自由自在である。座席に坐って秋の涼風に吹かれていると、空気が爽やかで気持ちよく、都市の生活の疲れが風と共に飛び去って行くようである。
約20分ほどで、バスはフランス風の別荘のような庭園の前に停まる。ここは箱根町仙石原の「星の王子さまミュージアム」である。1999年に建てられたこのミュージアムは、「星の王子さま」とその作者、アントワーヌ・ド・サンテグジュペリをテーマとし、作者の数奇な生涯と「星の王子さま」の創作過程を展示している。ミュージアム自体がヨーロッパ式庭園になっており、庭園内にはバラを初めとする様々な花が植えられている。園内を歩くと、日本を離れてヨーロッパに来たような気分になる。展示ホールでは、作者の手書き原稿や挿絵、作者の生活を記録した写真などを見ることができる。また、映像シアターでは、作者と小説に関するドキュメンタリーも見ることができる。この物語が好きな人にとって、ここは絶対行くべき場所と言えるだろう。
ミュージアムを出て10分ほどすると、自然遺産の仙石高原に到着する。11月の仙石高原は一面に果てしなく金色のススキが広がっており、それが遠くの山々まで延々と続いている。まばらな鳥のさえずりが風の音と共に耳に残り、周囲のススキも風に揺れている。夕陽が西に沈むころになると、さらに美しい。ススキの中に一人立つと、温かい黄金色の夕陽の光がススキを通り抜けて身体に降り注ぐ。高くそびえる山とはまた違った、広大な海を前にしたような壮観で心揺さぶられる風景である。青空の下のススキ、暖かく降り注ぐ夕陽の光、そして吹き過ぎる秋風が、深秋の美しさに静かにしみこんでいく。何と穏やかで、何と荒涼とした美しさだろうか。
華麗な言葉を使い尽くしても、深秋の箱根のすばらしい景色を描写することは難しい。山中の紅葉に包まれたフランス式庭園も、晴れた日の夕陽に照らされたススキの原も、深まる秋に見逃すことのできない美しい景色である。(小雅執筆、撮影)